若者で太宰治のファンは多い。僕の周りでもそうだったのだが、友人の多くは太宰に傾倒しても、それをいつぞや否定してさらに他の文学へ進むのが一般的と僕に指南していた。そして、それは僕も同意していた。だから、「人間失格」は、読んではいたが、通過点という気持ちの方が強かったのかもしれない。
『「恥の多い生涯を送って来ました」。そんな身もふたもない告白から男の手記は始まる。男は自分を偽り、ひとを欺き、取り返しようのない過ちを犯し、「失格」の判定を自らにくだす。でも、男が不在になると、彼を懐かしんで、ある女性は語るのだ。「とても素直で、よく気がきいて 神様みたいないい子でした」と。ひとがひととして、ひとと生きる意味を問う。』(新潮文庫)
改めて読んで、もっと、太宰治氏の作品に向き合って深く考察を加えてもいいのではないか?それに足りうる作家だと思うようになった。