更級日記の菅原孝標の女は、蜻蛉日記の藤原道綱母の姪にあたることをしって、時系列的
にはむしろ、蜻蛉日記の方が先に読むべきだったかもと少し後悔。作者の夫、藤原の兼家は、時姫の間に3男2女をもうけた。男は道隆、道兼、道長であるが、その道隆の子供の定子のサロンについたのが清少納言で、道長の子、彰子のサロンについたのが紫式部である。そうしてみると王朝文学は権力の中枢に近いところにあるということがわかり、より面白く感じられた。なお、AIに「更級日記」と「蜻蛉日記」どっちが有名か聞いたら、「蜻蛉日記」の方が有名で歴史的な価値が高いという。★★★★★
















