菊池寛氏のほかの作品もそうだが数ページ読んだだけで作品に没頭しまう。没入感がす
ごい。読んでしまえば、そんな話だよねって感じだがしみじみと入ってくるものがあるから不思議。そして最後まで役者と関係を持たなかったところが菊池寛らしいと思った。
★★★
40年以上も前の話。もうほとんど忘れてしまっているのだがフランキー堺が菊池寛の役として出演していた映画を深夜テレビで見たことがある。面白おかしく描かれた作品で僕
の中では、読みもしないで作家としての菊池寛の評価はそれほど高いものではなかった。中学の国語の先生が菊池寛の話をされ、彼の功績を黒板に列挙されていて作家というより企業家のイメージが強かったせいもあると思う。ところで、ここ1,2年で「恩を返す話」「忠直卿行状記」と読んで、作家としての偉大さを知った。そしてこの作品は菊池寛の代表作の一つでありタイトルだけ知っていただけに期待して読んだ。テンポよく話が展開し、終わりには思わず涙ぐんでしまう。ああやっぱり菊池寛って偉大だわと思わせる作品。★★★★★
youtubeの本要約チャンネルが勝手に流れていて「ソクラステスの弁明」について語っていた。高校の頃「弁明」は軽く読んでいたが、改めて読みたくなった。
読んでいての感想は、まず、ソクラテスは現代では哲学者扱いだが、実態は宗教家であったのだろうということ。小さいころから神の声が聞こえていたと語っているし、デルフォイの神殿で、一番の知恵者だと言われたという話もそうである。自分を救世主と神の声を聴き宗教の祖となる人は多い。死から逃げずに信念を通して死を受け入れるのも自分の神を信じていたからだろうと思った。
次に1回目の投票で死刑が決まってからの弁明において、お金を支払うと言いだしているということ。個人的には申し訳ないが命乞いの一種にも思え残念に感じた。
再度の投票で死刑が確定した後の演説が思ったより長いこと。現代の裁判で判決が下ったらそれで終わりなのに、死刑が確定した後に語る語る。長すぎだろと思った。
最後に訳者が田中美知太郎先生だったこと。
いろんなことを再認識した次第です。
★★★
朝倉先生の退任と次郎の諭旨退学をめぐる20日程度の騒動。下村湖人氏は、戦争に向かっていく時代にあたって、どうすればそれを避けることができるのかを戦後に次郎物語を
書いて今後の世の戒めにしたかったのではないかと思う。朝倉先生の白鳥会は、僕の若かりし時代の松下政経塾の小島直記先生の「伝記に学ぶ人物研究」を彷彿とさせた。小島先生からも配属将校に対する不満と言論弾圧に対する抵抗の話を聴いた。また、小島先生から将来の日本に対して、僕たちへの期待を感じるが、実際は先輩後輩を含め皆うまくいってない。つまらない政治家にもたくさんなっていると思う。非常に残念である。だめな政治家にならなかったことが皮肉なことにむしろ僕の誇りでもある。さて、次郎物語も次の5部で終わり。未完の作になっている。
★★★★★
第2部は、母の死から中学に入学して朝倉先生に出合い次郎が変化してきたところまで。第一部は親向けの教育書として書かれたらしい。第2部の朝倉先生のモ
デルは下村湖人氏そのものということである。朝倉先生との出会いで変貌する次郎は、作家の青年の理想像であろうと思う。私も恩師から、学校に進学したら3つの出会いを果たすようにと言われたことを思い出した。「学問との出会い」「良き友人との出会い」「良き師」との出会い。2部の後半は、いかにもそれが強く出すぎていて、ちょっと抵抗も感じた。3部以降あまり、押しつけ感が強くなれば嫌だなあと感じる。それでも十分楽しめる。
中学の頃読んだが旧制中学の位置づけがわからず読み方も浅かったかもしれないと思う。
★★★★
「路傍の石」を読んでいたら、「次郎物語」が読みたくなった。これらは教養小説とよばれていることを初めて知った。教養小説とは、主人公がさまざまな体験を通して内面的に
成長していく過程を描く小説のことをいうらしい。これら2冊はその代表作品のよう。1部から5部まで分かれているが、今回は新潮文庫を選び上中下巻の3冊を読むことに。
第一部は、出生から母の死まで。中学の頃読んではいたが、すっかり忘れ去られていた。里子に出された次郎を取り巻く複雑な人間関係は、田舎の親戚の多い家では結構理解できる話ではないだろうか、私の場合は、父の実家を思い出しつつ読み進んだ。自分の小さい頃の思い出などとうの昔に忘れ去られているものだが、読んでいるといろいろ思い出してくるところがあ
り。面白い。
中学時代に読んでいてよかったと思う。私の記憶では2度読んだつもりであったが、ひょっとすると1回だけかもしれない。中学の時は河出書房グリーン版日本文学全集で読んだ。けっこう読みごたえがあったのを覚えている。
★★★★★
中学受験の国語の問題に吾一少年が出てきて、塾の先生が路傍の石の話をした記憶がある。そんなに頻繁に出てきたものではなくて多分路傍の石の吾一少年の問題に出会ったのは2回程度だと思うが、「路傍の石」「吾一」の言葉が強烈で、なんだか小学生の私にとっては立ち
はだかる巨人のように思えて心に残り続けた。
それから40年以上経過した今、読んだわけだが、何をそんなに恐れていたのだろう?朝日新聞の連載ではないか?しかも未完であり、これからの成長が楽しみというところで終わっている。ちょっと拍子抜けもしたが、とにかく読了したことで巨人に勝ったような一人で満足しきっている自分がいる。でも、本音いうともっと早く読んでおけば影におびえることもなかったと思う。そして、不思議なもので、下村湖人の「次郎物語」を久しぶりに読みたくなった。
★★★★★